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図4 2009-2049年のCO2累積排出量の関数としての2℃突破の確率
(2010年6月28日環境社会ニュース配信分)

図4 2009-2049年のCO2累積排出量の関数としての2℃突破の確率
(2010年6月28日環境社会ニュース配信分)

図3 CO2放出を停止した後、数千年経過しても高い大気中のCO2濃度
(2010年6月7日環境社会ニュース配信分)

海洋の急激な酸性化 図1 (2010年4月26日 環境社会ニュース配信分)

西澤先生本 第一章

環境社会新聞第409号(平成22年3月16日発行) 1面、2面記事「(仮)世界みどり公社、設立へ始動」 関連文章

まえがき

地球環境の破壊状況は1970年代後半からの人工衛星による地表調査や、開発途上国における現地調査等々が進められる中で、はっきりと人々に知られるようになった。1980年代に入ると、南極上空のオゾンホールの拡大、大気温度の上昇など、直接目にみえないところで深く広く進行してきた破壊状況が科学者によって報告されるようになった。そして1990年代の後半になると、地質学、古生物学、気象科学などの発展と、海洋深層部で進行している事態についての海洋科学者の警告が、地球上総ての生物の生存に関わる重大な地球規模の破滅のメカニズムが動き出していることを明らかにしたのである。

著者らは、この地球規模の破壊のメカニズムについて、次のように説明し、警告してきた。すなわち、大気中で急増している二酸化炭素などによる「温暖化」は、最悪の場合、海底に眠るメタンハイドレートの崩壊と大気中へのメタンの噴出をもたらし、温暖化のポジティブ・フィードバック(悪魔のサイクル)によって、最終的には全人類に二酸化炭素による障害や中毒死をもたらす。地球温暖化は、環境悪化の中で、力の弱いものが淘汰され力の強いものは生き残るという種類の問題ではなく、放置すれば人類が一人も生き残ることができない、人類の絶滅に繫がる危機であることを明らかにして、人類が早急に協力し地球温暖化のための対策を行なうよう警告したのである。

近年、スーパーコンピュータによる気候変動のシミュレーションが盛んに行なわれるにつれ、「地球温暖化」が何を意味するかを、多くの人たちが視覚的に認識できるようになった。このまま人類が事態を放置すれば、今世紀中に高い確率で起こる温度上昇が、世界各地に大幅な気候の変動をもたらし、アマゾンを含む多くの森林が乾燥に飲み込まれ、各地の気温が永久凍土層の崩壊など地球環境の激変をもたらすまでに上昇することが、サイエンティフィック・ビジュアライゼーションで視認できるようになった。しかし、これまでに行なわれた殆どのシミュレーションには、著者らがその危険性を述べてきた、海洋に秘められた「悪魔のサイクル」の発動がいまだ織り込まれていない。したがって、事態は一般に報道されているよりもさらに深刻であり、多くの知識ある人たちに、「人類は80年で滅亡する」「悪魔のサイクルに挑む」で著者らが述べた途方もない危険性を理解していただきたいと思う。

事態がこれほどまでに緊迫しているにもかかわらず、京都議定書を巡る混乱が示すように、人類の地球温暖化への取組は遅々として進まず、地球温暖化に関して無理解、無関心な人たちが未だに多数を占める一方、これまで地球温暖化に真剣に取り組んできた人たちの間に無力感や絶望感が広がっていることが気に掛かる。

本書は、地球温暖化を克服した後の社会について、出来るだけ明確なビジョンを示し、今後どのような方面に特に注力して温暖化に対処すべきかを指し示すことを目的に書かれた。そのなかで、気温の上昇を食い止めるために効果の大きい手法の提案を行なうことに勤めた。その提案の重要な一つは、環境経済学の分野に属するもので、二酸化炭素の排出を抑制しつつ人類協働のための資金を生み出す世界化石資源管理機構の提案である。二つ目の提案は、水力、太陽光、風力などの自然エネルギーの高度な開発と世界的な供給を行なうために必要な、送電網の整備についてである。三つ目の提案は、北極海の海氷の減少を食い止めるためのベーリング海峡ダムである。四つ目の提案は、大気中に増えすぎた二酸化炭素を固定するための技術に関するものである。これらの提案は、その一つ一つの実現にはいまだ大きな障壁が存在するものの、それを乗り越えた際には地球温暖化の回避に非常に大きなポテンシャルを持つ。

近代科学の生みの親ともいわれるフランシス・ベーコンは、「自然はどこにでもいる娼婦のようなもの」といい、人間が望む方向に自然を順応させることができると説いた。初期の近代科学は、自然は自分の思い通りになると妄信し、地球環境の有限性に気づかず、自然の物質循環や生態系を無視した工業社会、経済社会を作り上げた。人間の生命維持の仕組みが地球生態系を前提としており、いかに科学技術が進歩しようとも、人間は地球生態系の恵みから離れて生きることの出来ない存在であることを我々が認識しえたのは、ほんの最近のことである。人間は、地球を破壊することが出来るほどの科学技術と力を手に入れたが、その力をどのように使えばよいかを知らなかった。いまこそ人間は、この力を人間圏の拡大のためにではなく、人間圏と地球生態系の整合性を回復するために使わなくてはならない。

本書の提案は、この人間圏と地球生態系の整合性をとるための技術やシステムである。これらを語る上で付け加えなくてはならないのは、これらのシステムが成立し、機能するためには、人間社会に「生命」や「人類」についてのあらたな哲学に基づく協働体制が生まれてくる必要性があるということである。その哲学とは、「生命の尊厳」や、「人類の一体性」の認識である。温暖化によりもたらされる災害は、おそらく一つの国の対応力を超えたものになるであろう。我々は、地球温暖化の被害が明確に現れる前に世界的な協力体制を築かなくてはならない。環境の悪化を他国の責任にし、限られた資源を奪い合うならば、地球が人類にレッドカードを突きつける前に、人類は互いを破壊しあい、「生命進化における失敗作」という烙印のもと、その存在は地球上から永久に消え去ることになるであろう。

デヴィッド・スズキもその著書「グッド・ニュース」で述べているように、森林や珊瑚礁などの高度な生態系をよく観察したとき、そこには個別の食物連鎖をこえた、様々な生命が互いに支えあって生きるシステムがあるのに気付く。人間社会も、有益な情報を交換し、さまざまな国民の労働力で生産された製品や資源を交換しあい、すべての国の人々が互いに支えあって生きているのである。そしてなによりも、多くの人がこの世界に存在すればこそ、世界はより好ましく、より美しいことを思い出さなくてはならない。そして人間は地球生態系と整合性のある美しい人間圏を自ら創造できると信じることが大切である。

本書は、上記の新たな提案を行なうとともに、一人でも多くの方に地球温暖化に関する基礎知識と、地球温暖化と闘う勇気を持っていただくことを意図している。そのために、第一章では、誰にでも地球温暖化を克服した未来社会がイメージできるよう、著者が2050年の世界を体験するというSF的な設定で記述を始めている。第二章以降は、地球環境や地球温暖化対策の現実と、それを打開する技術やシステムについて、できるだけ分りやすく説明を行なっている。そして本書の最後には、地球温暖化を克服した未来社会においても日本人が科学の分野で力を発揮し人類に貢献していることを期待し、これまでに日本人が行なってきた発明や発見について簡単にまとめた。

この本を一つの機会に、地球温暖化は必ず克服できるという勇気を胸に、職場や家庭、地域で、ひとりひとりが地球温暖化問題と闘うために何が出来るかを真剣に考えていただきたいと思う。本書が、読者の勇気ある活動のために少しでも役立つことが出来れば幸いである。





第一章   地球温暖化を克服した日本社会での一日

2006年、私は暑い東京で、気の重い夏を過ごしていた。かなり前から出版社に頼まれていた、若い人たちに地球温暖化対策を啓蒙する本を書く仕事に、そろそろ取り掛からなくてはならなかったからだ。地球温暖化と人類との闘いは、人類の一方的な敗戦が続いていた。かつて、日本海軍が戦争末期まで巨大戦艦を建造することを止められなかったように、現代の産業社会も、化石資源を使い、物質的な集積を増やすことを止めることが出来ないでいる。私は、この事態を若い人たちにどのように説明してよいか分らなかった。目を閉じれば、地球シミュレータの描き出す白熱する地球や、新潟沖で崩壊し始めたメタンハイドレートの泡、氷が大規模に融け、黒々とした海面を現した北極海、砂漠化するアマゾン、そんな映像が次々と目の前に現れては消える。私は十年前、二酸化炭素濃度の過去数百年間の増加率を、試みに最小二乗法という数式に当てはめ、将来の二酸化炭素濃度を数学的に予測したことがある。そのときに現れた垂直にそそり立つグラフを見たときに感じた戦慄が、まだ私を捉えて離さないのだ。筆が進まないまま、私はその日もデスクに座ったまま仮眠をし、そして夢を見た。

暗闇の中で、可愛らしい7歳くらいの男の子が光に包まれて立っていた。「おじさん、おじさん----」男の子はくるくるとした目を輝かせて言った。「おじさん---そんなに心配することないよ。僕達の地球は滅んだりしない。僕が連れて行ってあげるよ----」

 私は、まぶしい光を感じて目が覚めた。目の前には、白髪の、しかし若々しい、おそらく医者であろう男の顔が見えた。
「気がつかれましたか?ご気分はいかがですか?」 落ち着いた声が聞こえた。私は、体を動かそうとした。しかし、全身に痛みが走った。
「急に動かないでくださいね。先生はいままでコールドスリープで寝ていらしたんですから。今は2050年の8月ですよ」私は、驚いて本当に目が覚めたような気がした。
「先生は長期のコールドスリープの第一号なんです。人類が地球温暖化を克服した姿をみたい、と仰って40年眠られたんですよ。先生が目覚められることは、ニュースでながれていますから、日本中のみんなが知っています」
「それでは、地球温暖化はどうなったのかね、社会はまだ順調に機能しているかね?」私は勢い込んで聞いた。
「先生に見て頂くために、プレゼンテーションも用意しています。ただ、今日は目が覚められたばかりですから、まだゆっくりしてください。もう少しして、先生が車椅子に座れるようになられたら、すぐにご説明させていただきます」その男はにっこりと笑った。

 それから二、三日、私はリハビリテーションをして過ごした。手足の感覚は徐々に戻ってきたが、最初は寝返りさえ自由に打てず、全身に痛みと倦怠感を感じた。そんな中で、自由に形を変え、寝たまま食事をしたり、シャワーを浴びることの出来るベットや、口の中や体を清潔に保ってくれる器具など、これまで見たこともない医療や介護用の装置がずいぶんと役に立った。部屋は集中治療用なのか窓がなかったが、薄いピンク色の壁や、光度を落とした照明、壁の絵、静かに流れる音楽、そして若い看護婦の対応も心地よいものだった。部屋の中は適度に温度がコントロールされ、エネルギーが不足している様子は感じなかった。壁の一部がテレビのような受像機になっているようだったが、刺激が強すぎるということで、医者は、まだ私がテレビを見ることは許さなかった。

 そして、私が太陽の光を浴びることを許される日が来た。医師につきそわれ、看護婦に車椅子を押してもらい、私は廊下を進み、日の光の入る広いロビーに出た。太陽の光に目がくらんだ。が、目が慣れてくると、床から天井まで開口している大きな一枚ガラスの窓から大学の構内のような風景と、見覚えのある山なみ、そして青い空が見えた。モノレールが走っている。フロアーは高層階にあるらしく、若者達が元気に歩いている姿が下の方に見えた。私は言った。「あの山は、蔵王だね。でもあんなに木が枯れてしまっている。気温が上がって森が傷んでしまったね。下の緑の所は植林したのか。でも、子ども達は元気そうにしているね。地球は救われたのか?」「まだ、闘いの途中だと思います」医師は言った。「しかし、社会の大きな転換は終わりました。これからも、この方法で進めばいいと、社会の多くの人たちは希望を持っています」「それはなによりだ。それでは、あれから世界がどうなったのか聞かせてもらおうか」「そう仰ると思っておりました。準備が出来ております。ご案内します」

 体験ルームと呼ばれる部屋の前には、沢山の研究者らしい人達が待っていた。その中の一人、ごま塩の口ひげを蓄えた男がにこにこしながら頭を下げて言った。「先生、お久しぶりです。」私は首をひねって彼が誰かを思い出そうとした。そして、やっと理解した。彼は私の研究室にいた、あの学生だ!私はとても懐かしい感情に包まれながら部屋に入った。「それでは、この体験ルームの説明から始めます」口ひげの男が話し出した。「この部屋は従来の視聴覚室と異なり、空気の流れや、香り、そして、人間の耳には聞こえない周波数の音波や赤外線などを利用して、イメージをよりリアルに体験していただくために用意された部屋です。先生は、そのヘッドカバーのあるお席にお移り下さい」 私は人の手を借りて、その席に移動した。照明が落とされ、ヘッドカバーが降りてきた。耳元ではっきりした声が聞こえた。「これから画像によるプレゼンテーションを行ないますが、参加者同志は、マイクで自由に会話できます。先生、途中でなにかありましたら、いつでもご質問下さい。それでは始めます」
目の前に東京の姿が現れた。カメラが車に据え付けられているらしく、皇居や国会議事堂、そして東京駅周辺のビル群など懐かしい姿を映し出していく。やはりビル群は随分成長している。私は聞いた。 「国会議事堂は建替えられたのか?大分大きくなったようだね。首都高速はどうなった?車の数がかなり少ないように見えるが。それから---車は皆電気自動車になっているね」
「東京はかなり変わりました。30年前に東京大震災があり、人的な被害は予想されていたより少なかったのですが、古い建物や高速道路にかなり被害を受けました。それをきっかけに再開発が行なわれています。また、当時通信網やライフラインが切断されたため、長期に渡って首都機能が完全に麻痺してしまう状態になりました。そのため、首都機能の地方都市への分散がかなり進みました。それから、木造住宅がやられたので、新しく集合住宅が建って、空いた土地を緑化する方針がとられました。緑化政策のおかげで東京もかなり住み易い多い都市になったと思います。車は、特殊車輛を除いて電気自動車に置き換わりました。車だけでなく、家庭でも今殆んどのエネルギーは電気で供給されています。かつては、オール電化は二酸化炭素の排出量を増やしてしまうという議論もあったようですが、現在では火力発電の割合が非常に小さくなりましたので、電力の使用が地球温暖化を促進するという議論がなくなり、生活のほぼすべてのエネルギーが電気でまかなわれています」
「その電力を化石燃料を使わずにどうやって生産しているのか、それが一番知りたいところだ。説明してくれるか?」
「それでは、お連れいたします。西澤先生。実現したんですよ」
突然目の前に壮大な海の姿が浮かび上がった。濃紺の海と、ターコイスブルーに近い明るい色の海を仕切る長い堤防のようなものがどこまでも続いている。ところどころ水門があり、水が滝のように噴出している。閘門のようなものもある。船が通れるようなっている。私にはそれが何であるかすぐに分った。
「先生、これが20年前に完成したベーリング海峡ダムです。太平洋と北極海の水位差を利用し、枯れることのない水力エネルギーを供給し続けてくれています。長さ100キロメートル。ここで行なっている潮汐発電により、シベリアと、北アメリカのカナダ以北の電力を殆んど供給しています。電力は日本にも供給されています。それから、これも見てください。場所を切り替えます」
そこには、砂漠地帯に見渡す限り広がる風力発電の風車の群れが見えた。ここはゴビ砂漠ではないか。
「ここはシルクロード、中国の敦煌付近の風力発電基地です。定常的に強い風がふきますのでここに建設されました。世界中で、このような風力発電の基地が数多く作られています」私は言葉を挟んだ。
「よく世界の国々が合意をしたね。とくにベーリング海峡ダムは色々な国の反対があって、本当に実現するのか心配だったんだ。アメリカとロシアのみならず、ヨーロッパ諸国の気候に大きな影響を与える話だからね」
「沢山ご説明しなくてはならないことがあります。それではまず、ベーリング海峡ダムのお話をさせていただきます。
これは2006年の夏の北極海の様子を上空から撮影したものです。このように北極海の海氷が大きく解け、黒い海面が広がっています。この時点で海氷の占める面積は25%程度にまで減少していました。
北極海はユーラシア大陸、北アメリカ大陸に囲まれ、ノルウェーとグリーンランドの間にだけ入り口の空いた袋のような形をしています。そのため付近の海との海水のやりとりが少なく、一年中氷に閉ざされる状態が維持されていました。また、北極海の海中なのですが、海中に北極海の海面の氷を発達させる仕組みがありました。北極海に大西洋から流れ込んでくる海流はかなり暖かいのですが、この水の塩分濃度は約35‰あります。これに対し、北極海には解けた海氷や、大陸から流れ込んでくる淡水によって出来た塩分濃度27‰の冷たい水の層があり、これが蓋のような役割をして温かい大西洋の海水が表面に現れない仕組みになっていたので、氷が発達したのです。
ところが、1998年以降、太平洋のベーリング海周辺の海水の温度が急激に上昇し、温かい海水が北極海に流れ込むようになりました。日本の海洋研究開発機構が、この太平洋水の流入による北極海海氷の急激な減少のしくみを発見しました。また、氷が減少したことにより、海洋循環が強まり、温かい水が更に太平洋から北極海に送り込まれるメカニズムも発見されました。そこで、これらの北極海海氷減少のメカニズムが北半球の更なる温暖化をもたらすとして、太平洋からの流入水のコントロールが検討されるようになりました」
「北極海の氷が解けた場合にどのような影響が出ると言われていたか分るか?」
「北極海の氷がすべて解けてしまうと、15年で世界の気温は2度、北極海周辺では10度上昇するという、東京大学気候システム研究センターのシミュレーションがありました」
「しかしそれでも、ベーリング海峡を閉じるとなると、氷河期が再来すると言って、ヨーロッパ、特にロシアは反対したんじゃないか?」
「ありとあらゆる面から環境アセスメントが行なわれました。数百年間の海水温、海流、気候変化のコンピューターシミュレーションも様々になされました。その結果、北極海の温暖化による悪影響は、ベーリング海峡からの太平洋水の流入を大幅に減少させることにより、かなりの程度防げるということ、そして流入量のコントロールで、気温が調節できるというコンセンサスが生まれました。また、ロシアとしても、地球温暖化は決してプラスの影響ばかりでなく、永久凍土の融解で、建物の基礎が崩壊したり道路が陥没するなど、さまざまな悪影響が出るため、海峡でのダム建設に最終的には合意したのです」
「北極に氷が張らなくなると、重い海水が生まれなくなるから、海水の沈みこみがなくなって、深層海流が止まり、北極海に流入する大西洋の暖かい水が無くなって、北極は一挙に寒冷化するという説があったが、どうなったかね」
「ダムの建設に至るまで、海水の沈み込みは確かに弱くなったようですが、ダムの完成後海氷が回復しましたので、深層海流は大きな変化はなく循環しているようです」
「それは、本当に良かった。しかし、このベーリング海峡ダムには莫大な投資が必要だったはずだ。その資金はどうやって調達したのか教えてもらおうか」
「それでは、ここで、その資金を生み出した世界化石資源管理機構の説明をさせていただきます。この機構は、ポスト京都議定書を巡る激しい議論の中から生まれてきたものです。京都議定書は、簡単に言うと、先進国が法的な拘束力のある削減目標を約束したもので、削減を約束した以上に行なった国には排出権というメリットが与えられ、これを排出を目標まで減らせなかった国が買うことができるという京都メカニズムが導入され---」
「そんな基本的なことはここで説明する必要はない。なぜ、世界が、化石資源管理機構をつくることに合意できたのか、なぜそれが資金を生み出せるのか聞きたい」
目の前に、二つの図が映し出された。(図表7.1・7.4参照)
「この左側の図は、京都議定書を巡る利害対立を簡単に図式化したものです。簡単に、温室効果ガスを排出しているが、これを削減したいと思っている先進諸国と、内心では温暖化ガスのコントロールをさせたくない化石資源の産出国、そしてこれから化石燃料を使用した経済成長をしたいと願っている発展途上国の三つが基本的な利害関係者です。京都議定書では、この先進国の間には、お金の動きがありますが、化石資源の販売量が減少する資源産出国には何の補償もありません。また、発展途上国には一応CDMというメリットがありましたが、規模が小さく、条件が厳しく、発展途上国の産業を環境適合的に育てる力はありませんでした」
「この右側の図が、世界化石資源管理機構が設置された後の資金の流れです。このシステムにおいては、まず機構が資源保有国から化石資源を買い取り、その資源を世界各国に基本的には同一の高い価格で販売します。その収入で、資源保有国への支払いを行うと同時に、先進国や発展途上国に対し、エネルギー転換、産業転換への補助を行なうのです。簡単にいうと、タバコの専売制と同じような化石資源の専売制を世界規模で作ったのです」
「よく資源保有国が資源の権益を手放したね」私は言った。
「それは、これしか方法がなかったからです」口ひげの男が応えた。
「2010年ごろ、2012年末に終了する京都議定書のあと、世界がどのような枠組みで温室効果ガスの排出を削減していくのか激しい議論になりました。アメリカや中国などの発展途上国の参加問題や、京都議定書の目標を達成できない国々の問題がでてきて、京都議定書の次の枠組みの中で、特定の国だけが厳しい削減目標を受け入れることは到底不可能だと考えられました。一方、大気中の温室効果ガスの増加率が急上昇していることが報告されるとともに、世界中で環境被害が発生し、世界が打開策を待ち望んでいました。そこに日本からこの世界化石資源管理機構案が提出されたのです。
高く評価する国も複数あったものの、最初は反対論も激しく沸き起こりました。しかし、世界中のNPOや宗教指導者を含めた後押しがあり、資源保有国も、長期に渡る安定した収入というメリットに惹かれ、この案を受け入れていくことになりました。しかし、資源に関する国家主権を世界組織に譲り渡すということは、本当に画期的なことだったと思います。あの後、引き続き各国が国家利益を主張していたなら、今頃世界はどうなっていたのか、考えただけで恐ろしくなります」
「それでは、この機構から生まれる資金で、先ほどのベーリング海峡ダムなどが出来たんだね」
「その通りです。2004年にドイツで行なわれた自然エネルギーに関する国際会議や、国連持続可能開発委員会などで、自然エネルギーを世界中で導入していこうというコンセンサスは生まれていました。しかしながら、当時の大気中の温室効果ガスの増加率はすさまじく、各国の意欲的な目標をもってしても、ヨーロッパが主張していた地球の気温上昇を二度以下に抑えるという目標の達成は難しかったのです。管理機構からの資金というエンジンが出来たおかげで、自然エネルギーの導入はそれから加速度的に進みました。
それからもう一つ先生に嬉しいご報告です、この資金を使って作られた、自然エネルギー社会には不可欠なインフラがあるんです。」
「分っているよ。あれが出来たんだね。地球電力ネットワークだ」
「その通りです。自然エネルギーは、エネルギー源を豊富に有する供給地域と需要地域が遠く離れています。また、天候に大きく影響され、供給量が激しく変化する性質を持ちます。したがって、電力に占める自然エネルギーの割合が増加してくると、どうしても世界的な電力の相互融通や緊急時の応援が必要になってくるのです。従来の交流送電技術では、数十キロを越える送電を行なうと送電ロスが問題となるため、西澤先生の発明されたSIT技術で実現した直流送電技術により、地球を巡る送電幹線と高度な制御システムが作られました。例えば太陽電池のように昼間しか発電しない電源と、夜に電灯用電力を必要とする需要のアンバランスを調整しているのが、この送電幹線です。これを見てください」
画面に世界中に広がる直流送電網が映し出された。
「送電網をどのような技術で作るかについてはさまざまな検討がなされましたが、高温超電導ケーブルなどの利用で、一万キロ以上ほとんど電力ロスなく送電できる直流送電方式が採用されました。このインフラが出来たおかげで、発展途上国は、国内の自然エネルギーを輸出できるようになったのです。この写真を見てください」
サウジアラビアの砂漠地帯。そこに大きな多角形がいくつも浮かび上がっている。
「これは、太陽電池発電基地です。サウジアラビアは、オイルマネーをこの新エネルギーに投資しました。太陽電池の価格は技術革新のため2000年当初から2020年代までに十分の一以下に下がっていましたので、この太陽電池発電基地は、他の自然エネルギー基地と同等の競争力を誇る、サウジアラビアの一大産業に成長しました。自然エネルギーについては、最終的にコストは土地の値段に収斂してきますので、人口密度の低い地域の活用が可能になってくるのです」
「まさにサウジの昼の光で日本の夜を照らすだね。それでは、ここで基本的なところを教えてくれないか。一次エネルギーはどうなったか、温室効果ガス濃度がどの程度になったか、地球の平均気温はどうなったのか聞きたい」
「2003年の時点において、世界は年間原油換算97億トンの一次エネルギーを消費していました。おおまかにいうと、石油、石炭、天然ガスの合計で85億トン、原子力と水力が各6億トンでした。一年に海に吸収される二酸化炭素は、原油換算で約35億トンしかありませんし、陸上の植物は、伐採や砂漠化のため、この時点で二酸化炭素の吸収源となる力を総体として失っていました。ですから、2000年の時点で、一年で大気中に蓄積される化石資源由来の二酸化炭素は、原油50億トン相当だったのです。この数字を見ると、ヨーロッパなどが言い出した、世界の気温上昇を産業革命以前から2度以下に押さえるために2050年までに世界の化石燃料の使用量を半分にしようという提案は、温暖化の防止のためには必要なものでしたが、エネルギー供給の観点から見ると非現実的にも見えるものでした。
しかしながら、エネルギー消費の伸びは、世界各国の努力によりかなり抑制されました。2010年以降、先進諸国のエネルギー消費量は、省エネなどの効果により、横這いか若干上向き程度となり、発展途上国のエネルギー消費も、省エネルギー技術の導入と消費活動を過度にあおらない政策が効を奏し、2000年代に予想されたほどには増加しませんでした。
そして再生可能エネルギーに対して約30年間に行なわれた200兆円を超える投資により、2040年には再生可能エネルギーだけで年間原油換算70億トンに相当する電力の生産が可能になりました。これに加えて原子力で年間12億トン相当の電力が生産されています。これにより、化石燃料トータルの2050年における消費量は55億トンにまで減少しています。これに加えて二酸化炭素の海洋固定分が年間原油換算10億トンありますので、世界トータルでは2050年の温室効果ガス排出量の削減目標を達成することができたのです。このため、二酸化炭素濃度の上昇は、ようやく年1ppm以下に戻りました。2050年における二酸化炭素濃度は約490ppmとなっています。産業革命以前からの世界の気温上昇は2.2度に達しています」
「そうか」私は、まだまだ厳しい闘いが続いている現実を知った。
「二酸化炭素濃度を450ppmまでに抑えることは出来なかったんだね」
「産業革命以前に280ppmだった二酸化炭素濃度は2000年に370ppmを越えていました。この頃、ヨーロッパ各国は気温上昇を2度までに抑えるために、二酸化炭素濃度を450ppm以下に止めるべきだと主張していました。しかしながら、1990年代に年間1.5ppm前後だった二酸化炭素濃度の上昇は、2000年以降、2ppmを超え、2.5ppmを超える年も出てきました。2010年代に入ると上昇率は3ppm台に上昇し、2020年ごろに4ppm近くになりました。しかし、その後は自然エネルギーへの転換が進んで次第に増加率が減少し、2040年代には1ppm台に戻りました。今は、これをゼロに近づけるための努力が世界中で行われています」
「化石燃料の消費量がまだ55億トンもあるね。これは何に使われているのか?」
「電力の生産のために化石燃料が使われることは殆どなくなりました。今化石燃料が使われるのは、鉄鋼生産などの産業用途や石油化学工業などの原料用途が中心です。ただ、航空機の燃料としては化石燃料がまだ使われています。世界化石資源管理機構がこれらの用途に高価格で化石資源を販売している収益で、エネルギー転換、産業転換が行われてきたということはお話させていただきました。それから、現在、管理機構からの補助金は、気候変動により被害を受けている国々への人道支援にかなりの金額が使われています」
「南の国々は大変厳しい状況に陥っているだろうね。どうなっているのか後で見せてくれないか。それを見る前に、もう一つ、先ほど二酸化炭素の海洋固定という言葉が出てきたが、そのことについて説明してくれるか」
「2000年代の始めに検討されていた二酸化炭素の海洋固定は、液体の二酸化炭素を海水で薄めて深海に捨てるというものでした。二酸化炭素の水溶液は、もちろん酸性ですので、海中生物に与える影響が懸念されます。また、二酸化炭素は火力発電所の排気ガス中から化学反応で取り出すのですが、ここにエネルギーとコストがかかるということで、二酸化炭素を深海に沈めるコストも含め採算が合わないと、実験は中止されています。二酸化炭素の地中固定も検討されましたが、一旦地中に閉じ込めた二酸化炭素が噴出した場合、大変な被害を周辺に与えるということで、こちらの検討も中止されています。これらに代わり事業化されていったのが、プラスティックなどの廃棄物や、バイオマスを使った炭素の海中隔離です」
「Xが使われているんだね」
「その通りです。2000年代の世界、特に日本では、プラスティックや下水汚泥などの有機廃棄物が焼却処分されていました。これはロンドン条約などで、廃棄物の海中への投棄が規制された上、日本国内の最終処分場の容量が不足していたため焼却せざるを得なかったからです。ところが、2000年代の半ばにXという水熱化学を用いた物質分解装置が生まれ、状況は変わりました。この装置は、廃棄物を少ないエネルギー消費で、すばやくアミノ酸やオリゴ糖という、生物が栄養源として取り込むことの出来る形に変換することのできるものでした。そこで、廃棄物を焼却することを中止し、肥料にしたり、深海に有機物が通常存在しているアミノ酸などの形に変え、海洋に投入するようになったのです」
「バイオマスは、エタノールにするなど、燃料として活用されはじめていたが、それはどうなったのか」
「バイオマスは、それ以前からブラジルなどでエタノールの原料として使われていました。確かに、そのままでは腐って再び二酸化炭素として空気中に戻ってしまうバイオマスをエネルギーとして活用しようとすることは、ある意味当然だったと思います。しかしながら、バイオマス燃料を、化石燃料を代替するものとして特別な植物まで生産して作ろうとしたため、貴重な熱帯雨林が失われました。また、食料生産と燃料生産がバッティングするという問題もおこりました。結局、長期的に電化社会が作られ、そのエネルギーがバイオマスエネルギーを除く自然エネルギーでおおよそまかなえるというコンセンサスが生まれ、効率の悪いバイオマスをエネルギー源として使うことは、農家がエネルギーの自給自足を目指す場合などを除き少なくなりました。
それに代わり、バイオマスをMACSを使って分解し海洋に投入することが、炭素の海中固定として世界化石資源管理機構からの補助金の対象となったために、Xの使用が世界的に広がりました」
「それが、年間炭素換算10億トンあるわけだ。そんなにバイオマスがありますか?」
「バイオマスではありませんが、従来焼却されていたプラスティック系の廃棄物がかなりあります。それから下水汚泥、家畜系廃棄物が多いですね。林業関係のバイオマスも最近はかなり出てきました。中国や、アメリカの森林もかなり豊かになりましたから」
「乾燥化は進まなかったのか?それでは、ここのあたりで、世界の様子をまとめて見せてくれないか?
「分りました。しかし先生、少し休憩されませんか?もう30分以上も説明をお聞きになっていらっしゃいますが」
「大丈夫。元気がでてきたくらいだ。どんどん続けてください」
「それでは、まず中国の様子から見て行きたいと思います。まず、2000年代の中国は黄河流域を始めとして北部で乾燥が進み、南部は山林の伐採が進んだ上に豪雨が増加して、たびたびの洪水被害に見舞われていました。また、中国は、決して雨の多い地域ではありません。これは、先生もよくご存知の、中国の黄河が海まで辿り着かずに干上る黄河断流の様子です。1972年に発生した黄河断流は、1990年代には頻発するようになりました。そこで、農業用水の摂取制限をすると同時に、長江の水を黄河流域に3本の水路で運ぶ南水北調に取り組みました。
中国は、失われた森林を回復するための事業に全力で取り組みました。地球規模での乾燥化の影響で植林が不可能だと思われていた黄河流域にまで、植林事業を拡大しました。そのために現在中国の森林被覆率はかなり回復しています。
上海など沿海部を中心に都市化とモータリゼーションが進んでいた中国ですが、エネルギーと環境の限界を踏まえ、持続可能な都市づくりに力を入れていきました。中国新幹線の導入、拡大とともに、都市の中心部と近郊を結ぶ公共交通網の整備を進めました。強調しておきたいのは、先ほどの緑化事業、この鉄道技術ともに、日本人技術者が大変活躍したということ、そして世界化石資源管理機構からの融資が、これらの事業を促進したということです。
食糧生産においては、中国は穀物を増産するために、Xで処理した下水汚泥を用いる有機農法を全面的に導入し、穀物収穫量を大幅に増加させました。また鹿児島大学の境教授が発明された植藻林技術で、大連沖から福建省沖まで1300キロメートルにわたって全面的に大型コンブの海中林を育成し、日本の生産量の数十倍を生産しています。これに加え、さまざまな養殖漁業を推進して世界一の水産大国になっています。このため、中国は食料をほぼ自給できるようになりました。また、エネルギー面でも、内陸部の風力発電、水力発電、太陽光発電基地などの建設が進み、石炭も自給可能なため、石油の輸入量はかなり減っているようです。ただ、車の保有については、いまでもかなり厳しい条件があるようですが」
「大気汚染対策は出来ましたか?」「かなり改善して、日本の酸性雨の問題も解消しました」「海水面上昇の影響は?」「これは世界共通の問題ですが、防波堤を強化するなどの対策はどこの国でもとられています。しかし一方で、高潮などの際に万一浸水しても、生命や財産に大きな影響を与えないような街づくりにも取り組みが行われています。ゼロメートル地帯の住民については徐々に移住をさせているようです。中国だからできることですけれども」「中国は比較的うまくいっているようだね」「モンスーンアジアは降水量が多いので比較的対応が楽だったのです。バングラディシュの浸水はかなりひどいですが」
「バングラディッシュはどうしているのか?」「世界的に海水面が2000年頃よりも50センチ近く上昇していますから、雨季は大変なようです。しかしながら、水面上昇時の避難所などを、化石資源管理機構の補助金で沢山作ったので、難民があふれるという状況はなんとかさけられています。ただ、あと数十年で限界だともいわれていますので、移住か、人口調節か、あるいはどのような土木工事をするのか、アマゾン流域とならんで、これから数十年の間で対策がもっとも必要な地域の一つですね」「タイやミャンマー、ベトナムはどうか?」「森林の伐採をはやい時期に調整したのでこれらの国は助かりました。ただ、これらの地域は近代化が都市部で止まっているようです」「それでいいんだよ、先進国の生活習慣を押し付ける必要はないんだ」「それから、ラオスやミャンマーからは水力発電で生産されたエネルギーが日本にも輸出されています」「そのための電力ネットワークだからね。それでは、一番気になっているアマゾンの状況を見せて欲しい」
画面は衛星からとらえたアマゾン周辺の森林の姿を映し出していた。森林だった地域の多くは畑や牧草地に変わっていた。かつてイギリスの生態系水文学センターのピーター・コックス博士からアマゾンの砂漠化の予想を聞いたときの衝撃が思い出された。説明が始まる
「2005年の渇水により、アマゾン川が中流域で断流したとき、世界中が気候変動のスピードに戦慄しました。大西洋の海水温の上昇により、大気の動きが変わり、本来ならアマゾンの西側、アンデス山脈の近くで降るはずの雨が、大西洋上で降ってしまい、アマゾン周辺に旱魃をもたらしたのです。アマゾンに乾燥化が近づいても、人々はどのように対応してよいか分りませんでした。経済が農産物の輸出に頼っていた上に、サトウキビからのエタノール生産も拡大し、森林の伐採はさらに進みました。降雨量が減ったことは最初のうちは農業に大きな影響を与えませんでした。森林は次々に焼き払われ原生林はすべて消滅するのではないかといわれていました。そこで、世界化石資源管理機構は、ブラジル政府からの申請により、原生林の二酸化炭素固定化機能を認めるという形で、原生林の保護に補助金を出すようになりました。そのため、原生林は、インディオの保護地区を中心にアマゾン川流域で約40%程度残りました」「結局、経済活動と森林の共存は不可能ということなのか」「強い政府の指導や、国民の環境保全に関する意識の高まりなどがないと難しいようです。アマゾン流域の乾燥化は、宇宙からもはっきりと見えるほど進行しています。現在ではアマゾン川河口部分で砂漠化が始まっているようです」「これからどのような対応をするつもりなのか」「灌漑用水路の建設と、雨季の水をできるだけ大陸内に留めるよう大規模な土木事業が行なわれるようです」「それで長期的な対応になるといいがね。それでは北アメリカを見せてもらおうか」
アメリカを上空から眺めると、グレートプレーンズの南側にかなり森林が回復しているのが観察できた。南部の森林も残されている。西部やカリフォルニアには植林が進まなかったようだ。
「穀物生産を支えていた地下水源の枯渇と降水量の減少で、穀物生産が、かなり減少しました。また、ルイジアナやフロリダは度重なるハリケーンの被害にあい、脱出する人たちが増えています。アメリカ政府は、かつての穀倉地帯の一部を森林に戻すことを決定しました。森林を大幅に回復することによって、大陸の降水量を確保しようとしているのです。廃木材を家畜の食料に変える技術が確立したため、家畜用の穀物生産量は、減少させることができました。またトウモロコシを使ったバイオエタノールの生産は食料用途での需要の増加により、減少しています」「アメリカの、あの莫大なエネルギー消費を自然エネルギーでまかなうことができたのか?」「アメリカには風力資源も、太陽光発電が行なえる広い砂漠もありますから、自然エネルギー資源には恵まれていました。しかしながら、電力供給の安定のために、原子力発電を継続、拡大せざるを得なかったようです」「アメリカは安定した地層があるから、日本よりは廃棄物処理問題は厳しくないだろうが、ウラニウム鉱山周辺の汚染など、大変だろうね」
「環境問題は全般に大変なようです。アメリカ北部の森林は温度上昇により、かなり被害をうけています。カリフォルニアの水不足も悪化しています。カリフォルニアから東部に移住する人たちも出ているようですね」
「ヨーロッパとアフリカ、オーストラリアも気になるな。簡単に見せてくれますか」
「ヨーロッパの北部は自然エネルギー社会をつくりあげ、洪水の頻度は増えていますが、安定な社会を築いています。ヨーロッパの南部が、大変厳しい状況です。2003年のフランスやスペイン、イタリアを襲い、フランスで1万5000人が死亡した熱波は、予兆にすぎませんでした。夏季にサハラ砂漠から吹いてくる熱風は、2010年以降、地中海沿岸諸国を継続的に襲うようになりました。2050年にはイタリアやスペインの平均気温は5度上昇しています」
「ヨーロッパの人たちはどうしているんですか」
「スペイン、フランスなどでは雨の量も減り、農業生産が著しく低下しています。南米などに移住する人たちが増えているようです」
「何か対策は取れないのか」
「長期的な水不足が、一番対応がやっかいなのです。かつては、人間は、死ぬか、移動するかの選択をせまられました。現在では、この地域の森林の回復に全力が注がれています。結局、砂漠化に対応するには植林しかないのです。森の面積が広くなると、森が全体として貯水池の役割をし、その地域の降水量にまで良い影響を与えます。しかしながら、気候の改善には長い時間がかかりますから、現在は、地中海沿岸諸国からは、人々は逃げ出しています。これらの国々の人々に対しては、南米や他のEU諸国、インフラ整備に人手のいるロシアなどが門戸を開いていますが、中東やアフリカ北部の水不足に対しては、人口移動という方法を取ることがより困難です。国連世界食料計画(WFP)などが食料援助をしていますが、厳しい状況が続いています。この地域は人口密度がもともと低いことが救いですが」
「アフリカの他の地域はどうですか」「アフリカでは人口の増加が環境の悪化をもたらしていました。一人当たりで使用できる河川水の量が多くの地域で激減しました。幸いなことにアフリカ中央部の熱帯雨林地域では雨量が増加傾向にあり、森林は保たれています。しかし、南西部で雨量の減少が起こり、乾燥化が起こっています。国連が植林や、食料援助を含め、さまざまな対応を行なっています」
「インドやオーストラリアはどうですか?」「インドは人口の増加がありましたが、それを2040年代に入り、どうにかストップすることができました。雨量の増加地域にあたりますので、食糧危機は起こっていません。世界的なコンピューターソフト生産の基地があり、工業的にも成長しています。それから、オーストラリアは降水量が少なくなったため、穀物や畜産物の輸出量を減らしてでも、森林の回復を図るという政策をとりました。オーストラリア原産の植物を使った自然の再生という困難な作業を行なっているようです」
私は、フッと息をついた。これで世界の現状について、大体のことが判った。
「メタンハイドレートの崩壊はまだ起こっていないんだね」
「実は、新潟沖とインドネシア、それからバミューダ海域で小規模なメタンハイドレートの崩壊が起こりました。次に心配されているのが、日本の黒潮が洗う海域で、東南海、南海地震のときに、メタンハイドレートの崩壊が起こらないかということです。この地域のメタンハイドレートが崩壊すると、地球規模の温度上昇が起こるほどのメタンが噴出しますので、専門家は祈るような気持ちで事態の推移を見守っています」
「分った。最初君は危機が去ったようなことを言ったが、まだ本当の危機は去っていないようだね。それでは、最後になったが日本の状況について説明してもらおう」
「まず食糧事情についてです。日本は、世界的に見ても特殊な状況におかれた国でした。それは、日本が世界中から大量の食物を輸入していた国だったからです。国内的には地球温暖化は日本の農業に大きな影響を与えませんでした。西日本の夏が暑くなったことで、稲の作付け時期が変わりました。また、北陸・関東地方の雪解け水が少なくなったことも悪化の例ですが、夏季の雨は減少せず、かえって梅雨時の雨量は増加したので、旱魃に見舞われた国々と比較すると温暖化の影響は軽微です。しかしながら、国際市場に出回る穀物の量が問題でした。日本は、日本でしか作れない様々な工業製品の輸出により、現在も強い資金力を持っていますので、日本が本当に買い付ける気になれば、輸出国は国内消費分を削ってでも穀物の輸出をします。しかしそれでは、海外の資金のない国の飢餓を生んでしまうという問題が生まれたのです。日本は食糧の自給率を引き上げましたが、それでもなお、世界から多くの穀物、飼料作物を輸入しており、世界からの非難を浴びています」
「エネルギー価格が上がっても日本の貿易黒字は縮小しなかったのか」
「まず化石資源の輸入についてですが、数量が減少したため輸入金額の増大に繫がっていません。それから世界化石資源管理機構に支払う金額は大きいのですが、その半分近くが、補助金として日本政府に帰って来ています。電力貿易においては、日本は大幅な赤字です。これは自然エネルギーの生産においても日本は不利な地理的条件にありますのでしかたがありません。一方、日本の自動車、電気製品、精密機械などの技術的優位性はゆらいでいません。日本人が、几帳面で手先の細やかさをもち、忍耐強く、そして科学、特に工学的分野に才能があるからだということが、世界中の人たちに理解されています」
「日本の人口は大幅に減少したのか?少子化はどうなった?」
「一時期日本の少子化が大変急激に進んだことがありました。それは人間の価値が忘れられていたからだ、と今では言われています」
「この時代には人間の価値の見直しが起こったというわけだね」「そういうことです。当時環境が悪化していくのは、人間の数が多すぎるからだ、人間の数を減らさなくてはならないと思われていました。もちろん、人口爆発が起こっている特定の地域において人口のコントロールを行なわなくてはならないのは当然です。しかしながら、化石燃料を大量使用し、森林を切り開いていくライフスタイルをそのままにしながら、人間の価値を無視し、人口を減らせばよいという考え方は、今では否定されています。もし、人間に価値がないとしたら、世界が協力して、地球温暖化の被害を受けている国々の支援をする必要もないでしょう。ライフスタイル、経済のあり方を見直せば、人間にとっても、地球にとっても人間は好ましい存在でありうるというコンセンサスが今は出来ていると思います。
それから、当時の日本は、経済を過度に大切にし、次の世代を担う人間を育てる事を忘れていたと評価されています。特に今、日本人の技術者は、世界中で地球・地域の環境改善のために働いています。電力ネットワークの整備にも、Xの技術の普及にも、省エネ技術の導入にも、日本人は大活躍しました。2010年代以降、日本が人間を大切にする政策に転換し、沢山の科学者、技術者を育ててくれたことを、今では世界の人々が感謝しています」
「しかし、あの東京周辺の住宅事情をそのままにしておいたのでは、子どもは育てられなかっただろう」
「市場主義にまかせた経済活動を行うと、都市に人口が集中し、子育てという最も経済価値を生まない活動にしわ寄せが行くという議論の中で、地方に若い人材を分散させることが、政策の第一課題となりました。第一次産業の振興、地方での福祉産業、観光業の振興、地方大学や地方での生涯学習システムの充実が図られ、地方経済を立て直そうという努力は徐々に効果を発揮していきました。食糧自給率の改善のために農業にさまざまな補助金が投入され、漁村では中国の成功に倣い沿岸養殖漁業を発展させました。山村では、木材、パルプ原料の供給の他、二酸化炭素の固定が経済的に評価されるようになったため、Xを使った新しい産業も生まれました。ワークシェアリングの導入により、勤労者の休暇が増加したことも、地方の観光業の活性化に役立ちました。それから、温暖化により都会の夏が子ども達を過ごさせるには大変厳しい状況になり、夏に子ども達を気温の比較的低い地方で過ごさせることが普通になりました。北日本や中央アルプス、北海道にサマースクールが開講されるようになりました」
「今、合計特殊出生率はどのくらいかね」「1.8です」「それなら、年金は救われたね。多くの人たちが結婚もできない、子どもも持てないという寂しい思いをしなくて、本当によかった。温暖化問題が本当に解決したら、若い人たちはもっと子どもを作るだろう」「本当にそう思います」私は、ひどい睡魔に襲われはじめた。
「先生、お疲れのようですね。それでは今日はここで、一旦終了させていただきます」
私は、気が付かないうちに部屋に運ばれていた。そして夢もみずに、長い心地よい眠りをむさぼった。

丸一日以上眠ったのだろうか。私は窓からの明るい光で目覚めた。知らないうちに部屋を変えられたらしい。担当医があらわれた。
「先生。ご気分はいかがですか」「うん、非常にいいね。腹がへった」
「朝食を取っていただいたら、今日は少し、外に出ていただいてもよろしいですよ。どちらか、いかれたい場所はありませんか?」
私は無性に海が見たくなった。「それでは、ちょっと海岸がみたいな」「それでは、お車をご用意いたします」「いや、もし可能なら、あの下に見えている」私は窓の外のモノレールを指差した。「あれに乗って見たいのだが」医師が応えた「わかりました。あのモノレールは仙台まで行きますので、そこから車をご用意します」
食事の後、私は医師と看護婦に付き添われ、モノレールに乗った。「乗り心地がいいね。これなら何時間乗っても大丈夫だ」「このモノレールは我々研究都市に通うものは、皆通勤で使っています。昔の方々は満員電車だったんですよね」「そうだよ。東京で働くのは大変だったんだ」「僕達には考えられない選択ですね。僕たちは子どもの生活環境を考えて職場を選びますから、地方都市がいいです」「都会に住まないで受験勉強は大丈夫なのか?」「いま大学は、よほど難しいところを除いては、基本的にだれでも入れます。だから高校時代までの受験競争はそれほど激しくないんです。その代わり、卒業が難しいです。昔で言うアメリカ式ですね」「その方がいいと思うね。若者がみんな自信にあふれたいい顔をしているね。私の頃は元気のない子が多かった」「みんな自分達がしなくてはならない仕事があることを知っているからでしょうね。それから、日本人教育をしているのがいいんでしょう」「どんな教育をしているんだい」「日本の歴史や芸術、文化などをきちんと教えるんですよ。科学の歴史も教えますよ。先生のことも教科書で勉強しました」「よしとくれよ、しかし、自分たちの良いところをしっかりと知ることが、心理的な「安全基地」になって、あらたな情報を取り入れ、世界に貢献することを可能にするんだ。自信を持つことが大切なんだ。問題は何に自信を持つかだが---」「先生が50年前に書かれたご本をお読みしました。先生は日本人は自分達の工学的能力に自信を持つべきだと書かれていましたね」「そして本質的に平和を望む民族であることに自信を持てと書いた」「本当にそうですね。この100年間日本は戦争を一度もしていませんからね」
私達は車にのり、海岸を走った。やはり防波堤はかなり増強されているようだ。しかし、磯の香りと波の輝きは何も変わらない。防波堤の内側に小さな砂浜があり、子ども達が遊んでいる。私はその様子をもっとよく見たくなった。
「ちょっとあの浜辺の近くまで車をよせてくれないか」私はドライバーに頼んだ。車は子ども達の遊んでいる入り江の波打ち際近くに止まった。子ども達が浮き輪を浮かべ、海に潜って遊んでいる。
「暖かくなった良い点だね、私がここに住んでいたころには、子ども達は仙台の海でこんな風にあそんでいなかった」
ひとりの真っ黒に日焼けした子どもが私達のほうに向かって駆けてきた。「おじさん、こんにちは!」子どものほうから、私にあいさつをした。私はその子どもに見覚えがあった。その子は太陽の光に包まれ、きらきら輝いていた。男の子が言った。
「おじさん、だから言ったろ!僕達の地球は滅んだりしない!」

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ポスト京都議定書における世界化石資源管理機構の提案

山口克也*

上野 勲**

 

*山口総合政策研究所 

*エコシステム経済研究所

 

 

A Proposal on a World Fossil Resources Managing Organization as a Post-Kyoto Protocol

Co-authors: Katsuya Yamaguchi and Isao Ueno

 

EXECUTIVE SUMMARY

 

In this paper we present a scenario for reducing global GHG emissions by 50% from the present levels. The backcasting technique, which Robinson J.B. advocated in energy demand research, was employed for this scenario.

 

After examining the causes of the problems with the Kyoto Protocol and the current proposals on a Post-Kyoto regime, we have arrived at the conclusion that none of the proposals deal with the question of the financial difficulties that would confront the various parties concerned, particularly fossil resources producing countries and developing countries, as a result of their reduced consumption. This neglect of such financial consequences retards, in our opinion, the development of agreement amongst the countries, which would contribute to effective GHG emissions mitigation and better control of atmospheric temperature.

 

We have worked out a scenario through the backcasting technique, incorporating conditions, which would attract global consensus and thus sustain the successful operation of the international organization that we propose, while observing the principles of the UNFCCC and the prerequisites referred to in the IPCC reports.

 

This scenario shows that improved use of fossil resources would be imperative for drastic cutbacks of GHG emissions and seeks complete agreement amongst the countries concerned to establish an international public organization to manage such global efforts. In this paper we have addressed the questions of the principles and the functions of this international managing organization.

 

Its principles must embrace humanity, equity, economy, common rules, penetration, efficiency and fund arrangement, and its functions must include monopolized sale of fossil resources around the world, price control of fossil resources at levels high enough to curb their otherwise ever-growing demand and subsidization for energy conversion with funds generated by the operation of the organization.

 

Lastly, we have compared its functions with those of the Kyoto regime and the Post-Kyoto proposals currently available and concluded that our proposal should be worth serious attention.                            

 

KEY WORDS     

 

Global warming, Post-Kyoto Protocol, Back-casting, Fund and Public corporation for fossil resources

ポスト京都議定書における世界化石資源管理機構の提案

 

要   旨

本稿は,バックキャスティング手法を取り入れ,UNFCCCなどで示されている将来体制についての予測条件と,いくつかの外部条件を前提として,2050年の世界のGHG排出量を現状より50%削減する排出削減シナリオを現在に遡って構築した.

その結果,GHG排出の大幅な削減のためには,化石資源使用の高度なコントロールが必要であり,この化石資源使用に対する高度なコントロールについて世界各国が合意するためには,世界の化石資源の専売を行いながら,化石資源価格の引き上げと,そこから生まれる資金を新たな基金としてエネルギー転換等を行う専売機構の設立が必要であるという結論に達し,同機構の原則及び機能を明らかにした.

 

キーワード

 地球温暖化,ポスト京都議定書,バックキャスティング手法,基金,化石資源専売制度

 

 

 

1.はじめに

 

本研究では,2050年において世界のGHG排出量を現状より50%削減することを可能にするポスト京都議定書体制の構築を目標とする.

 本稿ではまず,京都メカニズムの中心的役割を担う国際排出権取引制度の問題点,ひいては京都議定書そのものの問題点を現在の日本の状況を中心に概説する.そして,このような状況が,産油国等化石資源の既得権を持つ諸国,これから化石エネルギーに依存した経済発展を目指す国々と,地球環境の維持に重大な関心と責任を負う先進諸国の利害の対立を解消しないまま,世界の地球温暖化対策の第一歩が踏みだされたところから生じていることを述べる.また,排出権取引と対置して議論される国際炭素税その他のこれまでに提案されたポスト京都議定書のシステムについても批判的に概観する.

上述を踏まえ,本研究では,バックキャスティング手法の考え方を取り入れ,世界各国が地球温暖化をめぐる利害対立を最小化し,協力して温暖化をコントロールできた姿を想定し,その姿を実現するシナリオと,シナリオを可能にする外生的要因を導出する.そのシナリオを描くために必要不可欠と思われる要素が世界化石資源管理機構である.

同機構は,化石資源の所有権を適切な対価をもって既得権者から譲り受け,化石資源の専売を行うことにより,COの排出量を化石資源価格によりコントロールする.同時に専売による利益を通して,エネルギー転換,気候変動への適応,同機構の化石資源購入等に必要な資金を作り出し,各国に供与する.

これにより,気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)の最終目的である,「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼさない水準で大気中のGHG濃度を安定化させ,現在及び将来の気候の保護を実現する」ための手法はCO2排出削減量の各国への割り当てではなく,価格コントロールによる化石資源の使用量の各国・各経済主体への適切な配分と,エネルギー転換等への資金の供給となり,体制の求心力は飛躍的に高まる.そして,各国が対立するのではなく,協力してエネルギー・経済システムを改革していく前提が生まれる.

次に,外生的要因として同機構を可能にする経済的,技術的,倫理的な前提を述べる.さらに,これまでに提唱された将来システムと本研究が提案するシステム(本提案)をさまざまな観点から比較し,本提案の合理性を明らかにする.

 

2.国際排出権取引制度など現在の体制・既存の提案の抱える問題

 

21 国際排出権取引制度の長所

 国際排出権取引制度とは,温室効果ガスの総排出量が目標の水準になることを所与(制約)とし,その配分を権利(許容枠)として各国に割り当て,それらが人為的に創設された市場で売買されることを許容する制度である.各国は限界費用の小さい順に対策を実施し,初期配分を越える部分は,限界費用が排出権の市場価格を上回れば排出権を購入し,反対に限界費用が排出権価格を下回り初期配分に余裕がある国は排出権の売却と国内対策を組み合わせることにより,双方が市場取引を通じて相互に利益を得ることができる.この市場メカニズムの働きによって,排出権価格はすべての国において限界費用が等しくなる点で決まる.

 国際排出権取引制度は,上述のシステムであるため,①世界全体でどの程度排出量削減ができるか分り易い②グローバルな総費用は最小になり,③国内の政策に自由度を持たせられる,というメリットがあることから,京都議定書に採用された.そして,先進国及び市場経済移行国に対してGHG排出量の上限が設定され,排出権取引などの市場原理を活用した京都メカニズムが導入された.しかしながら,京都議定書発効後の世界は,排出権取引の理論上の三つのメリットを享受していない.

まず,①に関して,京都議定書体制は,発展途上国が排出量削減義務を負わない上,アメリカと,オーストラリアの離脱により,世界の合計削減量が全く予測できない状況にある.今後,排出削減義務を負わない国が存在する場合も予測不能となる.

次に,②に関して,限界費用が排出権価格よりも低い対策がすべて行われ,限界費用が排出権価格よりも高くなる場合に,すべての国において排出権の購入が行われるならば,排出量削減に係る総費用が最小になるという結論が導かれる.しかし現実の排出権価格は乱高下し,排出権が将来どの程度の価格になるか参加者に全く予想ができないため,各国は排出権価格を前提とする合理的な投資判断を行うことが不可能となる.排出権価格を高く予想した場合は,コストの高い対策が行われ,逆に排出権価格を低く予測した場合は必要な投資が行われず,結果的に排出削減量の合計が目標値に達しないケースが考えられる.

③に関して,様々な方法を用いて排出量削減を柔軟に実行できることはメリットであるが,国内で排出削減方法を最初から検討し,国民や産業界のコンセンサスを形成した上で,排出量削減を実行しなくてはならない点で各国の負担は大きくなる.政権交代の可能な民主主義国家において,排出量削減を強行に実行しようとする政権は,他の政党に政権を奪われる可能性があり,政権政党の実行力にも限界がある.

日本政府は,2005年に京都議定書目標達成計画を決定した.これは,各主体に削減量を何らかの形で義務付け,これらの政策で削減できる数値を積み上げるという,コマンド・アンド・コントロール型の手法である.しかし,この計画は列挙された様々な措置の実現性が担保されていない,産業部門の削減を自主的措置に任せている,国内排出権取引や国内炭素税の導入に踏み込んでいない等の批判があり,また従来手法の延長でもあるため,大幅な排出量削減が期待できないという意見もある.

他方,国内排出権取引を導入しようとする場合,キャップ・アンド・トレード法の場合,「誰にどれだけのキャップをかぶせるのか?」という大問題を解決しなければならない.また,上流比例還元型を導入する場合,下流の使用量を削減する方法が確立しておらず,化石燃料の輸入量がそれまでに入手した排出権を越えた時,本当に輸入ストップできるかという問題,また反対に排出権不足を招かない様に,際限なく海外から排出権を買い入れるしかなくなるという問題が生じる.国内炭素税に関して,海外への産業移転(炭素リーケージ)の問題があることに加えて,税収の使途や,石油・石炭税,ガソリン税などとの関係が整理されていないため,炭素税導入に関する国内の合意ができていない.すなわち,日本は国際排出権取引制度を採用したことにより,国内政策に自由度が与えられているにも拘らず,効果的なGHG排出量削減を行うことができないでいる.

このようにみると,京都議定書体制において,国際排出権取引制度の長所は有効に機能していないと考えられる.

 

22 国際排出権取引制度の短所

 従来から指摘されていた国際排出権取引制度を導入する際の問題点は,京都議定書を巡る交渉とその後もたらされた結果の中で明確化されてきた.

(i) 最大の欠点は, 制度に参加する諸国の総負担費用が削減義務の初期配分に大きく依存するため,削減目標値の合意が難しいことである.

京都議定書における交渉の過程では「公平で合理的な」目標値の算出方法を見出すべく,日本をはじめ,ノルウェー,アイスランド,オーストラリア,ブラジル,フランス,スイス等が,人口・一人当たり排出量・GDP当り排出量・一人当たりGDP・人口増加見込みなどを考慮要素及び参入要素とした提案を行ったが,結果として,何が「公平で合理的」な基準であるかについて,交渉で合意に至らなかった.

結局,京都議定書の交渉では削減目標値を政治的に決定せざるを得なかったために,多くのひずみが京都議定書に生じた.すなわち,GHG排出削減義務を負うことに断固反対している発展途上国の参加を得るため,発展途上国に対して排出量削減義務が課されなかった.さらに,ロシアの参加を得るため,ロシアの削減目標が緩く設定され,それがホットエアー(正味削減を生じない部分)を生み,そこで先進国はホットエアーを買い集めることで,正味削減量を減らすことができるようになった.これらの原因により,世界の合計排出量の削減が難しくなった.

(ii) 国際排出権取引の下で,これまで大量のGHGを排出してきた国は排出削減に伴い排出権という一種の既得権を取得し,一方厳しいGHG排出削減努力をしてきた国はメリットがないという不満が生じる.

(iii) 目標達成が難しい国は枠組みから外れてしまうという懸念が表明されていたが,現実にアメリカ,オーストラリアが京都議定書の枠組みから離脱した.

(iv) 排出権の価値が見通せず,実際の経済活動や化石燃料の消費に影響を与えることが難しいとされていた.現在,世界銀行はCDMから発生する2010年の二酸化炭素1トンのクレジット価格を最低1ドルから最高33ドルと予想しており,このような状況下で,投資の判断に排出権価格を織り込むことは難しいと思われる.

(v) 短期的な判断を生み,技術開発やエネルギー関連のインフラ変更の促進に対して不適当とされてきた.

(vi) 手続きが煩雑になる.

 

 以上の国際排出権取引に関する短所は,排出削減目標が厳しくなるにつれ,ますます顕在化してくる.削減目標が50%に近づいた時,同制度の下で,各国がこの制度から外れることを防ぎ,国別の削減目標値を受け入れさせることは,不可能に近いと考えられる.従って,国際排出権取引制度をポスト京都議定書の基本に据えることは無理であるが,これは現在の京都議定書の下で各国が削減目標を達成する義務を果たすべきであることと矛盾しない.

 

 

23 京都議定書の経験をどう受け止めるか

 京都議定書は,アメリカやオーストラリア,発展途上国,産油国などが協力的でない中,日本やEUを中心とした一部先進諸国の強い理念とリーダーシップにより,ぎりぎりの政治交渉と妥協の産物として作成されたものである.その構造は,排出権取引やCDMなどの経済的メリットを活用して協力的でない諸国を繋ぎ止めたものにすぎない(図1参照). 発展途上国は,1991年の気候変動枠組条約の作成交渉の開始当初から団結して,温暖化における先進国の歴史的責任を問い,途上国のGHG削減義務を回避する主張を続けた.この風向きを変えるために設けたのがCDMという「ニンジン」である.あるいはロシアの協力を得るために,「ホットエアー」を設定せざるを得なかった.いずれも先進国に,途上国への投資あるいは排出権の購入という負担をもたらす.日本は,議長国として地球温暖化防止のための協力体制を歴史上初めて築くという目的のために,このような京都議定書を敢えて受け入れたのである.

 ポスト京都議定書の策定に際し,京都議定書のシステム的な欠点を明確に認識した上で,それを克服した新体制を設計しなくてはならない.このシステム的な欠陥をもたらしたのが,発展途上国,産油国,石炭産出国などの国益の主張を基幹システム内に取り込めなかったためであるから,新システムは,これら諸国の要求を正面から受けとめたものでなくてはならない.また,先進諸国の産業界からも,厳しいGHG排出量削減政策に対して痛烈な批判があるため,その要求に応えなくてはならない.そこで,これらの要求を受けとめた上で,GHG排出量削減のために全世界的な協力体制を構築することは可能だろうか.

 本研究では,試案として,「世界化石資源管理機構」を提案する.同提案の説明の前に,国際排出権取引制度以外にこれまで議論されてきた他の手法について概観する.

 

24 国際炭素税及びその他の提案

国際炭素税は,従来,全世界で税率が一律の炭素税(一律炭素税)を念頭に議論されてきた.一律炭素税によると,各経済主体の合理的な活動を仮定した場合,所与の税率(納税額)より小さい限界費用で可能な対策が実施され,その結果,グローバルな総費用は最小になる.そして税率は試行錯誤を繰り返して,目標とする抑制水準を達成するように調整される.

しかしながら,この一律炭素税は,限界費用の小さいオプションが多い国に負担が重くなるため,途上国に対して経済的負担が大きくなり,途上国の反対に遭うのは必至であるとして,一律炭素税を導入する場合,ある国際機関が炭素税(の一部分)を徴収し,別の観点から合意された公平性の基準に沿ってその再配分を行うという補完的措置と組み合わせなくてはならないとされてきた.そこで,途上国に対して過度な負担とならず,その上,国家間で差異のある炭素税として帰属炭素税についても提案がなされているが,各国別の税率の決定,あるいは炭素リーケージの問題が生じる.

国際炭素税は,グローバルな規模での費用効果的な対応,国際的な大規模プロジェクトへの税収の還流など,理論上は多くのメリットがあるが,発展途上国の反対など現実的な困難性により,課税対象,徴税方法,税収の使途などについて具体的な議論がされていない状況である.

 ポスト京都議定書のその他の代替案として,①GDPあたりのエネルギー使用量あるいは炭素排出量の効率改善を目標とする“効率目標”,②各国が温暖化政策・措置の導入を約束する手法である“政策・技術導入のコミットメント(PAMs)”,③排出権取引を採用しつつ,排出権価格に上限を設け,排出権価格が上限価格に達すると政府により当該価格で追加的な排出権が無制限に発行され,排出削減主体はその価格以上の単位あたり削減コストの負担を免れる“ハイブリッド政策”,④各国が温暖化対策実施の約束をし,一定期間経過後に国際機関や他国による審査を受ける“Pledge and review”などがある.本研究では,これらの代替案について,その短所・長所を詳細に述べることはないが,これらの提案に共通している点は,国際的な合意に至るのは比較的容易そうに見えているが,環境効果が不確実なことである.この理由で,2050年に1990年のGHG排出量より50%削減という厳しい目標を掲げた場合に,これらの手法を単独で選択するのは難しくなる.

 

 

 

3.バックキャスティング手法による将来体制の分析

 

31 分析評価手法について:フォアキャスティングとバックキャスティング

本研究では,バックキャスティング手法を用い,ポスト京都議定書の体制(新体制)を導き出し,構築することを試みた.

バックキャスティング(backcasting)とは,フォアキャスティング(forecasting 予測・見通し)に対するアンチテーゼである.フォアキャスティングは,過去から現在までのトレンドから実現可能性の高い未来を導き出す手法である.計量経済学的なモデリングが可能である一方,トレンドに制約されざるを得ないという性質がある.このため,トレンドの想定外の不確実性を完全に考慮することは不可能である.さらに重大な欠点として,フォアキャスティングは予想された将来が「望ましくない」もので,トレンドを「ブレーク(突破)」することが求められている状況下でその価値が薄まる点がある.

 このような指摘を受け,新しくバックキャスティングという手法が考案された.表1に,両手法の相違点を比較して示す.

 

1(小)

 

バックキャスティングの目的は,一定の「望ましい将来像」に至るに必要な政策を特定することにある.現在までのトレンドに過度に拘束されることなく,将来像に至るため

に必要な道筋や条件を未来から現在に向けての推論を繰り返して探り出す手法である.バックキャスティング手法で得られた結果が広く受け入れられるものとなるためには,望ましい将来像が多くの人に共有されているものであること,推論が正しく行なわれていること,そして推論から得られた道筋や条件が,現在から未来に向けて無理なくシナリオ化できることが必要である.

 

バックキャスティング手法はエネルギー分野でJB. Robinsonが最初に提唱した.

表2に,Robinsonによって提案された同手法の流れを示す.

 

表2(小) バックキャスティング手法の流れ()

 

32 研究目的の設定

 本研究の最終目的は,気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)における京都議定書の目的が,気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼさない水準で大気中のGHG濃度を安定化させ,現在及び将来の気候を保護する点にあることを鑑み,ポスト京都議定書の基本となるシステム,特にその原則と機能を構想・構築することにある.まず,本研究の対象とする空間的範囲は先進国,化石資源保有国,発展途上国を含む世界であり,時間的範囲は2013年から2050年までを想定する.ここで,次の事例より,時間的範囲を2050年と設定した.①EU各国は,現在,気温上昇を産業革命以前と比較して2℃以内に抑制することを目標に,国家レベルで具体的に中長期(2050)におけるGHGの大幅削減計画(6080%削減)を検討し始めている.②20075月,安倍首相は世界全体のGHG排出量を2050年までに現状比で半減させるという長期目標を提案した.この発表の直後に開催されたG8ドイツサミットでもこの提案は評価され,「2050年までに地球規模での排出を少なくとも半減させることを含む,EU・カナダ・日本の決定を真剣に検討する」という文言で成果文書に反映された.

これら2点より世界全体で「2050年に現状より50%削減」が一つの大きなターゲットになると考えられる.

 次に,シナリオの数と種類について,①GHGの将来目標濃度が複数ある場合,②前提とする排出シナリオに関するIPCC特別報告書(SRES)でGHG排出参照シナリオのグループ数が複数ある場合,そして,③目標へ辿り着くシナリオが複数ある場合,これらの場合における必要な数だけ構築しなければならない.しかしながら,SRESにおけるATシナリオを基本とした『世界化石燃料管理機構』の構築による化石資源の専売制の実現により,現在表面化している課題を解消でき,その結果,シナリオの数は唯一となる.その根拠とともに『世界化石燃料管理機構』の設立について論じる.

 

33 将来目標の設定と予測条件

本研究における将来目標は世界のGHG排出量の50%削減と2050年におけるGHG濃度の安定化である.しかしながら,近年の想定外に拡大する温暖化による被害で,GHG削減要請はさらに高まる可能性がある.そこで,長期的な不確実性を前提に,必要なGHG削減が実現できる柔軟な体制を構想しなければならない.

また,UNFCCCにおいては,気候安定化に関する目標を,第二条において「生態系が気候変化に自然に適応し,食料の生産が脅かされず,かつ,経済開発が持続可能な態様で進行できる」ために十分な時間的枠組みの中で達成されるべきとしている.さらにUNFCCCはこのプロセスを導くために,公平性,共通でありながら差異のある責任,予防,費用効率性のある措置,持続可能な開発をする権利,そして,開放的な国際経済システムのサポートという原則を定めている.

IPCC地球温暖化第三次レポート第三作業部会報告は,これらの原則を集約し,三つの予測条件,費用効率性・公平性・地球規模の持続可能性と社会学習を提示している.

ここではこのIPCCの集約された原則が何を意味するか,若干の考察を加えておく.

まず,「費用の効率性」を条件とするところから,2050年の世界は資本主義を前提にすると考えられる.また,UNFCCCの原則に,開放的な国際経済システムのサポートがあるため,自由貿易体制が維持されていると考える.また,費用効率性が良であることは,社会に対する経済的評価が高いことになり,物質文明を含め,人類がこれまでに創り上げてきた諸文化は可能な限り否定されず,活発な人間活動が存在し,人間性が開花していることを前提とする.

 第二の「公平性」については,どのような体制を前提にするかにより,どのような公平の概念を導入するかが異なってくる.ここでは,GHG排出削減に関するルールが世界の人々に対して平等に適用されており,世界の総ての国の人々が制度・ルールが公平であると捉えることが条件であると考える.

 第三の「地球規模の持続可能性」という条件について,人類の経済活動と地球の物質循環及び生態系システムとの不整合状態が改善され,循環型社会の形成と経済の持続的発展の両立が2050年までに達成できることが条件と考える.

 

34 GHG排出量削減体制の現状

 京都議定書体制の問題点は,第2章で前述した通りである.

200512月にカナダ・モントリオールで開かれた「気候変動枠組み条約第11回締結国会議」(COP11)で,京都議定書を離脱している米国と温室効果ガスの排出削減義務のない途上国が,ポスト京都議定書に関する「長期的協力に関する対話(モントリオール行動計画)」を行うことに合意した.また,京都議定書の見直しのための作業が始まるとともに,京都議定書に基づいた2013年以降の削減目標の検討が,先進国と市場経済移行国の間で始まるなど,GHG排出削減のための体制に関する交渉が重層的に行われる状況となっている.

しかし,京都議定書の枠組みから脱退しAPPを立ち上げたアメリカ・オーストラリア,これからも化石燃料に依存した経済成長を目指そうとする発展途上国,資源保有国等の諸国と,自然エネルギーへの転換等の国内政策・措置によって,大幅なGHG排出量削減に向けて第一歩を踏み出したEUとの温度差はあまりにも大きい.その上,ロシアや日本が,どのような立場をとるかも不透明である.従って上記会議では,各国が国益の主張を繰り返しており,全世界が協調できる地球温暖化対策はまだその姿を現していない.その様な状況下,原油価格が大幅に上昇したが,化石燃料の需要は減少せず,逆にGHG排出削減にマイナスの石炭の利用が増加しつつある.

 第三次レポート第三作業部会報告は,部門別緩和技術オプションの中で,主なGHG排出削減の潜在能力を一定のコスト範囲において各部門別に予測している.しかしながら,これらの潜在能力が現実に発揮されているとは言えない.同報告書は,潜在能力が発揮されない理由として,①金融機関が資金を貸さない,②環境に対する害のような特定の影響(外部性)に対する市場価格の欠落,③ネットワークの外部性,④誤ったインセンティブ,⑤既得権益,⑥効果的な規制機関がない,⑦現在の生活様式を変えるのが難しい,⑧温暖化の被害に関する不確実性等を挙げているが,それらの障壁が実際に存在し,技術の導入を妨げているように見受けられる.

 

35 シナリオの前提となる外部条件

 予測条件から新体制を推論する際,あるいはシナリオ分析を行なう際に,下記条件を前提にする必要がある.

(i) 各当事者が経済人として行動すること.

 各当事者を経済人(ホモ・エコノミクス)と捉える.化石資源の利用制限は高度に政治的な問題であるが,政治的な考察を含めると現実的にフォアキャスティングもバックキャスティングも不可能になるため近代経済学的な前提を置かざるをえない.例えば,国やさまざまな経済主体は,経済的な利益があれば,エネルギー転換や産業転換,あるいは化石資源の国際機関への売却を行う.具体的にどのような経済主体がどのように行動することを前提とするかは,シナリオが構築された時点でさらに考察する.

(ii) 新エネルギー・新素材産業の発展.

 化石資源の価格が上昇し,既存産業からの圧力が取り払われ,資金が供給された時,化石資源からのエネルギー,素材供給の減少を代替する新エネルギー,素材産業が成長する.

(iii) 地球温暖化の被害に対する認識の高まり.

 世界中で,地球温暖化を放置する危険性とコストが,GHG排出をコントロールするために発生する費用と同じ程度に具体的に認識されるようになり,排出量削減に関する厳しい手段の導入に世論が反発しない.

 

 これら3外部条件は,シナリオが構築された段階で,再度,各条件について,さらに深く議論し,シナリオに適合する表現とする.

 

36 遡及的シナリオ分析から導かれるシステムの原則

バックキャスティングにおけるシナリオ分析では,分析目的が,解決しなくてはならない社会問題への対応であるところから,将来目的を前提として,その目的に至るシナリオを推論する.すなわち未来から現在に論理的に遡るシナリオ分析を行なう.今後この分析手法を遡及的シナリオ分析(狭義のバックキャスティング)と呼ぶ.

ここから本章で明らかにした将来目標,予測条件及び外部条件などを前提に,遡及的シナリオ分析を行い,2050年において導入されているシステムの原則を導く.

(i) 2050年においては,GHG排出量が1990年から50%削減されているという将来目標,費用効率性を前提とするという予測条件,及び現在の生活様式を変えることが難しいという第三作業部会の指摘の3つを総合するとGHG排出シナリオはSRESシナリオのATを選択せざるを得ない.

GHGが長期に渡って大幅に減少するSRESの排出シナリオはB1とA1Tである.このうちB1においては経済構造がサービスおよび情報経済に向かって急速に変化し,物質志向は減少し,クリーンで省資源の技術が導入されることを前提とする.しかし,生活様式の変化の困難性と,経済構造全体の変化にはエネルギー転換よりもより多くの費用がかかることを鑑みると,このB1は選択できず,選択できるSRESシナリオはA1Tしか存在しない.

 A1のシナリオは高度経済成長が続き,世界人口が21世紀半ばにピークに達した後に減少し,新技術や高効率化技術が急速に導入される未来世界を描いている.主要な基本テーマは地域間格差の縮小,能力強化(キャパシティービルディング)および文化・社会交流の進展で,1人当り所得の地域間格差は大幅に縮小するというものである.

A1シナリオファミリーは,エネルギーシステムにおける技術革新の選択肢の異なる三つのグループに分かれ,A1Tは非化石エネルギー源重視のシナリオである.ただし,このA1Tシナリオにおいても2050年におけるCO2排出量は約12GtC1990年の17倍であるため,構築すべきシナリオにおけるエネルギー転換のタイミングおよびスピードはA1Tの想定より大幅にアップさせなくてはならない.

このように,新体制は,化石エネルギーを非化石エネルギーに転換させることを原則とする.

(ii) 費用効率性の要求から,化石資源は,同じGHG排出量から算出される付加価値がもっとも高くなる生産活動に対して供給されるべきである.これを現実的に行うためには,GHG排出量が目標値に達するまで,化石資源価格を上昇させることになる.価格上昇がおこることによって,第三部会報告で要求されている環境被害等の外部コストの内部化の問題が解決する.そして,自由貿易が行われているという条件から,この化石資源価格の上昇は,世界中で,同時に,同レベルで起こらなくてはならない.このように新体制は世界中で化石資源の価格を上昇させる能力をもつ.

(iii) 化石資源の価格上昇のみによるGHG排出量削減は,価格上昇があまりにも大きくなり,費用効率性の要件を満たさない.日本では国内炭素税において税収還流を行った場合,炭素税のみの10倍の効果があるという報告もあり,化石資源の価格上昇は,省エネルギーや代替エネルギー供給への補助と合わせて行われることになる.新体制は代替エネルギーへの補助を行う能力をもつ.

(iv) 費用効率性の要求からは制度執行費用も最小化しなくてはならず,最低限の組織と費用で運営できる体制がつくられている.

(v) IPCC地球温暖化第三次レポート第三作業部会報告によると,京都議定書実施の石油輸出地域国におけるコストは石油による収入の10%を超えるという予測が多くのモデルで出されている.GHG排出量50%削減の際の影響ははるかに大きいと思われ,何らかの代償を得ることなくこれらの国々が公平であると感じるとは考えられない.従って化石資源保有国は化石資源の販売が減少したことの見返りを,例えば化石資源販売に変わる新しい産業,あるいは長期にわたる損害賠償などの形で入手していると考えられる.

(vi) 持続可能性の要請より,発展途上国は,化石資源に依存した経済成長の代わりに,代替エネルギーを用いた経済成長を達成していると考えられる.この過程において,化石資源価格の上昇,GHG排出に関する強い規制やペナルティー,あるいは代替エネルギーへのインセンティブが必要だが,発展途上国が不公平さを感じないために,エネルギー転換への国際的な補助が行われたと考えられる.

(vii) 先進国のみに強いGHG排出規制が行われ,発展途上国に先進国の産業が移転する(炭素リーケージ)ことになれば,それは排出削減目標達成を難しくするのみならず,先進国の不公平感を高めることになる.そこで,世界各国間におけるルール格差は最小になっていると考えられる.

(viii) 世界共通の価格や,税,ペナルティーを適用した場合,発展途上国が過度な負担であると反発する可能性がある.国際共通ルールをあてはめることが適当でない分野での化石燃料使用(炊事,暖房用など)については別のルールが用いられ,発展途上国に補助が与えられている.

(ix) 先進国のエネルギー産業,エネルギー集約型産業には産業調整政策が必要である.衡平を図るために,先進国にも産業調整政策に必要な資金が供給されている.

(x) 公平性の確保のためには各国の「実施」と「遵守」が必要である.システム的なモニタリング,報告,検証が,できるだけ手間をかけずできる体制でなくてはならない.世界共通の経済システムを用い,義務の履行という問題を残さない体制であれば,なお良い.

(xi) 2050年までには,世界各地で国民の生存が脅かされるような,強烈な気候異変が生じると考えられる.このような事態に,当事国だけに対処を要求することは公平でない.人間の生存と最低限の生活に対する保障ができる体制でなくてはならない.

 

すなわち,2050年における世界のGHG排出量管理体制は,化石資源を(i)(xi)に示す原則の下で管理するシステムとなる.この遡及的シナリオ分析から生まれた新たな原則を表3にまとめる.

 

表3(小)

 

基金の創出を原則とした理由は,資金の潤沢な供給により,発展途上国や資源保有国の要請である公平性を満たし,さらに,新エネルギー産業を興すという考え方を取り入れたからである.

京都議定書のように国際排出権取引を中心に据えた制度であれば,前述したように初期配分の決定が公平性を調整するための手段であるため,GHG排出削減目標が厳しくなるにつれ,初期配分に関する合意がさらに困難となる.公平性の意味も厳密に定義をする必要が生じ,これまで,一人当たり排出量を収束させる考え方(Triptychアプローチ,制限と収束等),強度目標(GDPあたりの排出量目標),あるいは歴史的な排出量を加味して負荷を決める“ブラジルの提案”など,様々な提案がなされ,統一された考え方はない.しかしながら,各国が具体的に負う損失の填補,あるいは新エネルギーへの転換に対する資金供与によって公平性の要求を満たすと考えた場合,公平性の世界一律的な定義を議論する必要はなく,当事国が損失補填されていると判断すれば良いことになる.

 

37 原則から導かれるシステムの機能

 排出権取引を中心とするシステムで表3に示す原則を満たし,資金を提供することは,不可能である.また,国際炭素税を中心としたシステムでも,国境を越えて資金を供給することは難しい.ここで,資金を生み出すシステムとして,化石資源の専売制を導入する必要性が生まれてくる.この化石資源の専売を行う機構を「世界化石資源管理機構」と呼ぶことにし,この機構は,表4に示す最低限の機能を果たす必要がある.

 

表4(小)

 

①に関して,機構は企業買収,あるいは企業買収を行わず,各企業と化石資源の採掘量全量買い入れの契約をすることになると考えられる.企業取得の範囲は,機構と各国の交渉になる.機構はより少ない投資規模を,逆に資源保有国は安定的な収入のためにより幅広い施設,企業の購入を求めることになる.後者の場合,購入量や買い入れ価格の交渉を定期的に行うことになるが,価格の決定方法は今後の検討課題である.

②に関して,機構は,現在の市況と同程度の安い価格で供給される化石資源の量を,

近代化以前の生活のための必要量,主に暖房・炊事用途に限ると主張する.これに対し,発展途上国は,エネルギー転換を終えるまでの間に消費する化石資源について,先進国と同じコストを支払うことは経済的に不可能であると主張することになる.この両者の交渉は,エネルギー転換速度を加速する交渉に繫がり,さらに,機構は時限付きで発展途上国の主張を一部認めることになる.

③に関して,機構は,炭素排出に対する課税と同様に,化石資源の原価,あるいは

課税のない場合の市価に一定の上乗せをして価格を設定し,販売を行うことになる.化石資源の使用量に対するコントロールは短期的に価格で行うことはできない.これは近年の石油価格の上昇が使用量の減少に繫がっていないことからも明白である.しかしながら,代替エネルギーへの投資とともに,化石資源価格の上昇をもたらせば,中長期的にエネルギーシフトが行われると考えられる.化石資源価格は,初期段階において機構が必要な資金を得ることのできる価格に設定され,各国のエネルギー転換の進展を見ながら,最終的に価格コントロールのできる水準まで上昇させる.それ以降,もし潤沢な利益が生まれれば,その資金は地球温暖化による被害に対する人道的支援に用いられる.

④に関して機構は,各国政府に,資源保有国へ資源の対価及び人道的支援に対する支出を行なった後の残金を公平に還流する.先進国等が,機構からの資金をエネルギー転換等に使用しない場合,不利益を被るシステムが必要である.

また,世界化石資源管理機構の運営のために,世界各国の信頼を得ることができる意思決定機関が必要となる.意思決定機関の設計も今後の検討課題である.

 

38 システムの機能を前提とした外部条件の再定義

3.5において,シナリオの前提となる外部条件を第一次的に定義したが,遡及的シナリオ分析が世界化石資源管理機構の設立を導いたため,求められる外部条件について,再度,より具体的に検討する.

 

下記の①②③は,同機構が確実に利益を上げ,必要な資金を確保できるための条件である.

①現在よりもかなり高い化石資源価格が維持できなくてはならない.化石資源が,高付加価値製品である化学製品の原材料であること,あるいは航空業界など,現在の技術力では代替エネルギーが存在しない分野の需要のため,化石資源価格が上昇しても,機構の運営に必要な化石資源の需要は残存する.

②機構が事業を始めるための資金が供給される

世界銀行,特にその一部である国際復興開発銀行(IBRD)は,単一機関としては最大の開発資金の融資機関であり,中所得国等に融資・保証などのサービスを提供し,持続可能な開発を推進してきた.世界化石資源管理機構が事業開始のための資金融資を受けるには適切な機関であると考えられる.

各国はIBRDに対し支払いの約束を行う.この考え方はIBRDのこれまでの運営からヒントを得たものである.IBRDが市場からの資金調達と加盟国からの出資金によって運営されるなかで,各加盟国は,出資金のごく一部を実際に払い込み,残額はIBRDから請求された場合にのみ支払うというシステムがあり,世界化石資源管理機構にも,この方法を適用すべきである.

③化石資源保有国は長期間の分割による支払いを受け入れる

資源保有国が,化石資源の所有権そのものを機構に移転する場合,機構は資源保有国に対価を長期の分割で支払うことになる.これは,支払い能力の問題と市場に一挙に多量の資金を流さないためである.特に利率などが問題になると考えられるが,資源保有国が,機構と独占的な販売契約を結ぶ場合,この問題は起きない.

④代替エネルギーの存在

35で前提としたように,化石資源価格の上昇と本機構による資金供与などが契機となり,新エネルギー産業が創出され,化石資源エネルギーの供給量減少に対して,代替可能なことが絶対の前提条件となる.

⑤各国の管理機構に対する信頼と協力の確保

化石資源の価格上昇の影響を最終的に受ける対象は,各国の国民である.地球温暖化を止めるために,市民の一人ひとりが痛みを受け入れなくてはならないという世論の形成が必要である.さらに,化石資源に対する徹底的な管理の必要性に対する世界の共通認識と,本機構が人類共通益のために設立され,理性に基づき運営されることに対する信頼感が必要である.

 

39 シナリオの検証と影響分析

本稿においては字数の都合により本項を割愛する. 世界化石資源管理機構設立の前後の資金の流れのみを図示し,同機構の各国経済に与える経済的影響を示す.

 

図1(小)

図2(小)

4.世界化石資源管理機構と他のシステムの比較

 

国立環境研究所の「気候変動に対応するための将来体制の研究」で構築された,“炭素市場主導”シナリオ,“政府主導政策・措置”シナリオ,“技術楽観主義”シナリオのうち,そのままでは排出量削減に至らない可能性のある“技術楽観主義”を除く二つのシナリオと世界化石資源管理機構シナリオとを比較した結果を表5に示す.表5より,システムの合意に至るハードルは,世界化石資源管理機構シナリオが最も高く.合意に時間を要すると危惧される.しかしながら,一旦合意が成立すれば,このシステムは排出量を削減へ導く力が大きいことが明らかである.さらに,この“炭素市場主導”及び“政府主導政策・措置”以外の将来体制に関する提案と世界化石資源管理機構を比較した場合,いくつかの類似点を見出すことができる.

 世界化石資源管理機構システムと,“一律の国際炭素税で,ある国際機関が炭素税の一部を徴収し,別の観点から同意された衡平性の基準に沿ってその再配分を行う補完的措置を行うシステム”間に類似性がある.しかしながら,炭素税は専売制のような価格上昇を作り出せる力がない.すなわち,専売制は,販売数量が減少した際にも,価格調整により資源保有国の収入や転換・適応への基金を確保できるが,税方式は,その際に十分な資金を作り出せない.また徴収金額や国際的な資金分配の柔軟性等の点でも世界化石資源管理機構が優れている.その上,一番肝心な世論を考えた場合,世界化石資源管理機構は,「税」という言葉に対するアレルギーを避けることができる.

 また,世界化石資源管理機構が機構の資金配分の際に,各国から提出されたエネルギー転換や産業転換への投資リストを参考にするのならば,“Pledge and review”と類似した効果を,さらに,技術などの足並みが揃うならば“PAMs”の効果も発揮することになる.

 世界化石資源管理機構は,エネルギー転換を終えた最終段階で価格アプローチの性格を有するが,それに至る過程では,技術やプロジェクトに対する投資を促進する効果が大きく現れると考えられる.この点で,“技術楽観主義”のような,他のなによりも技術開発が地球温暖化の緩和をもたらすという思想に近いところがある.

 また,世界化石資源管理機構の準備段階で,京都議定書のような排出権取引システムを用いて,対策の空白期間を埋めることができる.

 このように,世界化石資源管理機構は,既存の提案メリットをいくつも承継したシステムであり,システムの詳細を設計しながら,さらに良いシステムに練り上げていくことが可能である.

 

表5(中)

 

. おわりに

 

本研究では,定量的な分析を行っておらず,今後,化石資源価格上昇の産業界に与える影響,化石資源需要の予測,エネルギー転換に必要な投資・費用の予測などを行い,制度の各段階でフィジビリティーを確認する必要がある.また,基金の負担方法,理事会の構成などを検討することも重要である.

これまでに,超国家機関による国際公共財の管理として公海深海底の資源開発と静止軌道上の衛星位置の配分の2実例しかない.この点で世界化石資源管理機構は,京都議定書によって現に成立した国別排出量割り当て制度より,ハードルが高い.しかしながら,他分野で実例があるので,取り扱う事業規模の巨大さに気後れすることなく,日本政府を含めた世界各国は,この提案を一つのモデルとし,化石資源専売制度の設計をスタートする時期である.

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